核・戦争のない世界!!

ノブ


日米軍事同盟反対!!


自衛隊「統合作戦司令部」発足 陸海空自衛隊を一元的に指揮

【コラム】石破内閣は「七三一部隊」の実態の検証を

日本政府は、なぜ歴史的事実ときちんと向き合わない??

 4月22日防衛省戦史資料室に元731部隊の池田苗夫の書いた「きい弾射撃による皮膚傷害・・・・」を閲覧しに行った。現物はあったが、写真を撮ろうとすると、この資料は業者じゃないと写真が撮れないという(つまり有料)、又肝心な袋とじの部分は公開しないとのことであった。この国は、731部隊の大事な資料もまともに公開できない後ろ向きな国だと思った。
 石破首相は、「(略)その手立てと言うものが歴史の経過とともに失われた。・・・わが政府はそのような不誠実な政府ではございません。」と強弁しているが、手立てがあるのにそれを隠し続けている「不誠実な政府」なのである!!

井本日誌は、公文書(業務日誌)であって、私文書ではない!!

井本日誌は1993年まで公開されていたのに、なぜその後、非公開になったのか?プライベートのものだからと言うが、そのような理由はおかしい!!

私的なものではない!!

井本日誌には、きちんと常徳の細菌戦の様子などが書かれている!!

戦史叢書には、井本日誌からの引用が多数あるが、井本日誌にある細菌戦の記述は全くないのはなぜか?

「井本熊男業務日誌」をめぐって

731部隊の人体実験「資料ない」はウソ 公文書を示し追及

(山添議員のフェイスブックより)

予算委員会で旧日本軍731部隊について質問しました。

政府は戦後一貫して、「具体的な活動を示す資料がない」と言い張ってきましたが、今回防衛省防衛研究所に人体実験の記録があることを明らかにしました。

「き弾射撃による皮膚傷害並びに一般臨床的症状観察」と題する資料は、イペリットという致死性のガスを人に向けて発射したり水溶液を飲ませたりし、その後の症状の経過を観察したもの。1984年に毎日新聞がスクープしたのと同じ内容ですが、政府が保管していたという点が新しい。

作成者は当時731部隊にいたことがわかっています。本人が寄贈したものであり、受け入れた際の「所見」には「人を使用して行った試験の成績であり、得がたい貴重なもの」とまで書かれています。人体実験の記録であることは一目瞭然ですが、答弁に立った防衛大臣は公文書であることを認めながら「客観的な事実を確認できない」と逃げの姿勢。どこまでも事実を認めようとしません。

政府に寄贈されたのは1964年。防衛研究所が文書を公開したのは2004年であることを初めて明かしました。40年にわたり隠してきたことになります。そしてその間国会では、「資料がない」とウソを言い続けてきたことになります。そうして長らく隠ぺいした挙げ句に、「古い話で確認できない」ーーあまりに不誠実です。

隠ぺいし、ウソをついてきたと指摘すると、ムキになった石破首相が「わが国はそんな国ではない」と強弁。

私たちの国の拭いがたい過ちです。戦後80年、これ以上目を背け続けるべきではありません。


真摯に検証し、事実を認めよ。



【731部隊】新資料で追及‼国会質問 徹底検証



731部隊員であった軍医少佐池田苗夫の毒ガス実験の資料は明らかに731部隊の人体実験を示す資料ではないか!!




極秘

 きい弾射撃による皮膚傷害並びに一般臨床的症状観察

                       加茂部隊 池田少佐担当

第2章  症例

第3地域陣地内

490号

9月9日の原水(除砒剤により除毒せるもの)600mlを10日昼より飲用(攻撃)せしむるに12時間後に至り悪心嘔吐4回に及び24時間後食思不振悪心あり

11日に至り食思不振、悪心軽度に存し嘔吐1回あり、17時に至り普通便1回あるも嘔吐なし右下腹部に圧痛雷鳴音あり、食思稍々回復の傾向認む

3、対ソ戦縦鼻の為の毒ガス実験(『毒ガス戦と日本軍』吉見義明著 2004年)


イベリット・ルイサイトの人体実験

 第2次近衛内閣の下で推進された「新秩序」建設政策は、陸軍の長年の念願であった対ソ開戦を現実感のあるものとした。そこで、毒ガスの大規模使用計画を成算があるものにするため、陸軍は、1940年後半にはより大規模な毒ガス人体実験に踏み切ることとなる。稲田大佐が関東軍首脳部を説得し、関東軍砲兵隊による糜爛性ガス弾の「効力試験射撃」と関東軍化学部による「青酸の大放射基礎試験」が実施されることとなった。


発足当時の自衛隊は、旧軍とは全く別の組織ではなく、旧軍関係者が多数入隊し、戦時中と同じように戦争の反省もなく、発足した。核戦争、生物戦、化学戦を想定、訓練し、兵器の研究、開発、一部は製造をしている。






国際法違反の、細菌戦や毒ガス戦のことをいつまでも隠していていいのだろうか?
この国家のやばい事実!!


(西山勝夫さんのメールより)

中谷元防衛相が「自衛隊は昭和29年に創設され、旧軍とはまったく違うものだ」として、断絶していると強調したのに対し、山添氏は、731部隊所属の池田苗夫氏が1964年に寄贈した、毒ガスを使った人体実験記録について、防衛省防衛研究所に保管され、2004年の公開まで40年も秘匿されていたと指摘。その裏には、防衛研究所が1983年に作成した「公文書の公開審査実施計画」があると指摘しました。

 同実施計画には「第731防疫給水部関係人事資料」と「細菌兵器に関するもの。(ア)実験についての報告・記録(イ)使用の疑いを抱かせるもの」が特別に示され、審査に回すことを指す「摘出」と書かれています。

 山添氏は「731部隊をはじめ、毒ガスの使用や細菌兵器の実験、使用に関する資料が当時防衛研にあったということだ」と強調。防衛省の大和太郎防衛政策局長は「審査をする121人の戦史部所員は全員旧軍関係者だ」と認めました。

 山添氏は「旧日本軍と断絶どころか、連続しているからこそ、人体実験などの隠蔽の基準までつくった。」と述べました。


旧日本軍と自衛隊に連続性 731部隊の犯罪隠し追及 2025.4.24



多摩霊園にある731部隊員が造った『精魂塔』、731部隊の犠牲者にすまないと思わないのか??2025年6月12日撮影


戦後、元731部隊が、年1回あつまり、中国での細菌戦の研究に精魂を尽くしたことにたたえ合っていた?ミニ靖国!!


本庄繁(当時関東軍司令官)は、柳条湖事件は、関東軍の仕業とわかっていても、墓にはそう書かなかった!!

「排日の極」と偽っている!!

最後にある「国体の護持」は誰からか強制されたものか、本人が書いたものか?

天皇には、戦争責任があることは明らか!!


本庄繁の遺書

「多年軍の要職に奉仕致しながら御国をして 遂に今日の如き破局に近き未曾有の悲境を見るに立到らしめたる

仮令退役とは云へ何共恐懼の至りに耐へず罪万死に値す

満州事変は排日の極鉄道爆破に端を発し 関東軍として自衛上止むを得ざるに出でたるものにして 何等政府及び最高軍部の指示を受けたるものにあらず 全く当時の関東軍司令官たる予一個の責任なりとす

爰に責を負ひ世を辞するに当たり 謹て聖寿の万歳 国体の護持 御国の復興を衷心より念願し奉る


昭和二十年九月 本庄 繁」

2025年6月12日撮影


阿南惟幾の辞世の句(本庄繁の墓の近くにある)

「大君の 深き恵に 浴みし身は 言ひ遺こすへき 片言もなし」

なぜ、阿南は、天皇の戦争責任を問わない??


不当判決!!(3月19日、東京地裁判決)


自衛隊で実際にやっていることを隠蔽するな!!

自衛隊化学学校が作成した『化学学校記事』の情報公開を求めた裁判で、東京地裁は、原告の主張を無視して請求を却下した!!『化学学校記事』については、情報公開を求めて審査請求をしたが、3年以上経ってから「不存在」の返事が来る始末。この間、防衛省は何を画策したのだろうか?

 自衛隊化学学校では、1950年代から、毒ガス製造に関わり、1964年にサリンを合成しており、その後も毒ガスを作り続けている。

 その化学学校が作成した『化学学校記事』が1冊も自衛隊にないという事は考えられない!!何で、機関誌を敢えて隠すのだ!!
裁判所は、強く情報公開を迫るべきだった!!

 1925年に作成された毒ガスの実戦での使用を禁止するジュネーブ議定書に、日本は1970年になってやっと批准した。

その頃に作成された『化学学校記事16号』までの発行は自衛隊も認めている。16号は、原告側が持っていた。

 認めたという事は、持っていることではないのか?

裁判所は、国側に加担し、三権分立を自ら放棄している!!


裁判所は、憲法9条を積極的に評価して、防衛省の態度を糾弾すべき!!

 化学兵器禁止条約を日本は、1995年に批准しているが、OPCWの監視下、防護のためと称して、毒ガスを作り続けている。

 戦中、毒ガス兵器を使い、その反省もせずに、戦後も毒ガス兵器の開発に手を染めている防衛省を、司法は裁かなくて良いのか、疑問を強く感じる。

裁判所には憲法9条を改めて、確認してもらいたい。

② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

『化学学校記事』12号の掲載された知られざる細菌戦の記述(杉田記事)

1938年 華中 細菌大量使用、1939年 ノモンハン 細菌大量使用、1940年 重慶爆撃 ペスト菌 コレラ菌使用、1941年 湖南省 細菌作戦、1943年 華中 華北 細菌作戦

化学兵器禁止条約(日本は1995年に批准)、これもザル法か?

化学兵器の開発・生産・貯蔵・使用を全面的に禁止するとともに、すでに存在する化学兵器および化学兵器生産施設を条約発効ののち原則として10年以内にすべて廃棄すること、一定の設備を持つ化学産業施設に対する検証措置をおこなうこと等を定めている。また、1925年1月1日以降に他国領域内に同意なく遺棄した化学兵器についても廃棄処理を行うこととされており、遺棄国に処分に必要な費用や技術の提供を義務付けている。


*しかし、遺棄毒ガス弾の被害者に対しての補償などは明記していない!!(欠陥だ!!)

化学兵器禁止条約第2条9項の規定により、以下の目的については例外が認められている。

・工業、農業、研究、医療又は製薬の目的その他の平和的目的

・防護目的、すなわち毒性化学物質及び化学兵器に対する防護に直接関係する目的

・化学兵器の使用に関連せず、かつ化学物質の毒性を戦争の方法として利用するものではない軍事的目的




悪法!!秘密保護法撤廃!!

秘密保護法によって隠された自衛隊の実態について踏み込んで取材できる環境づくりが絶対必要だ!!

地下鉄サリン事件から30年 被害者や遺族 教訓語り継ぐよう訴え

地下鉄サリン事件被害者 “風化感じる”回答の8割以上 NHK調査


自衛隊合憲論反対!!

1995年3月20日地下鉄サリン事件発生

自衛隊化学学校は事前に起こることを知っていた。

科捜研の結果が出る前から自衛隊は、サリンであることを知っていた。

オウムの中に自衛隊信者がいた。その自衛隊員と化学学校の間で、電話で情報のやり取りがあった。

戦後も日本は自衛隊で毒ガスが作っていて、化学兵器禁止条約を批准(1995年)してからも、防護のためとして自衛隊では毒ガスを作っている!!(サリン、VXガス等)

自衛隊とオウムの関係もはっきりさせず、早々とオウムの幹部を死刑にした当時の安倍政権と法務省にも問題あり!!


立民・有田氏「地下鉄サリンは防げたのでは」 警察庁「当時の判断でオウム捜索に至らず」

2つの機関誌の情報をお持ちの方は、nobu.goi@gmail.comまでお寄せください。

自衛隊とサリン(週刊金曜日)


ー関東地区青年婦人研修会の講演からー

関東地区開拓営農推進委員会(会長=野口正次茨城県関連会長)の青年婦人研修会が4月26日、山梨県で開催された。

 今回は上九一色(かみくいっしき)村富士ヶ嶺地区でオウム真理教の無法と闘ってきた、元富士豊茂開拓農協組合長竹内精一氏の講演を聞き、参会者は大きな感銘を受けた。次に紹介するのは竹内氏の講演要旨である。

・89年突然入って来たオウム教

私はシベリアに4年間抑留され、今の開拓地に父親と弟がいたので、帰国して私も開拓地に入った。上九一色村の富士ヶ嶺地区は日本でいちばん土地配分の遅れた開拓地だった。道路はない、電気はない、水はないという劣悪な条件下に360戸が入って悪戦苦闘した。52~54年は収穫皆無、加えて、オネスト・ジョンの着弾地として米軍の演習地への接収と揺れ動いた。賛成、反対が半々という状況で、最終的には反対が多数を占めた。

●原発問題


原発で作り出されるプルトニウムを、日本は核兵器開発・使用に使うのではないかとの疑

念が湧き上がる!!(戦時中も日本は原爆開発をしていた)


脱原発!!地震が起きてからではダメだ!!


原発事故の株主訴訟 株主側が上告 2審は旧経営陣の責任認めず

東京電力 柏崎刈羽原発6号機 原子炉に核燃料入れる方針固める

女川原発2号機 運転差し止め訴訟 住民側訴え退ける 仙台高裁

志賀原発 “活断層連動”範囲 長さ1.8倍に見直しへ 北陸電力


「原発必要ない」 女川原発再稼働に反対し東北電力本店などで抗議活動



三原由起子さんの短歌

わが店に売られしおもちゃのショベルカー

大きくなりてわが店壊す

「信じてください」と言うから後を託したのに…「再稼働容認」に村上達也前村長は静かに怒る「裏切りです」